Principle

私の武勇伝をお話します。それは高2の3学期でした。
学校はサボるわ、騒動は起こすわ、偏差値は37.5、クラス40人中38位の成績のヤンキーなりそこないの私は、とある出来事をきっかけになんと毎日スタバに通って12時間ぶっ続けで勉強し続けるようになりました。
単語帳を臭くなるまで読み漁り、数学は1つの参考書を3周やらないと気が済みませんでした。高3の夏に受けた記述模試では数学は満点で偏差値は76に、センター試験のプレ模試では発音1問以外を残して全問正解の198点/200点というまさにビリギャルならぬビリヤンキー現象を起こしました。
そのとき思ったんです。「あ、本気になればなんだってできるのかもしれない。」
それが私が「本気大好き第二の松岡修造」に目覚めたきっかけでした。

映像制作会社(みたいなの)をつくりました

在学中に、学科で一番映画撮影が得意だった友人Aと、当時武蔵野美術大学の映画サークルの部長だった友人Bを巻き込み、3人でボノボワークスという映像制作団体を設立し、実務を伴う制作を行いました。
二人の友人を巻き込んだ理由は、撮影のときにアートディレクターとしてクオリティを確保するためにAの力が必要だったこと、そして、撮影のときに必要な機材やスタッフの募集をBを通して行うためでした。
制作団体をつくった理由は、①クリエイティブなことで生活費や制作費を稼ぎたかったこと、②人脈の拡張、③スキルの成長 などが主な理由でした。

変な趣味

私はよく自転車に乗って、長距離間を移動します。夏には毎年東京から大阪まで自転車で行っていますが、去年は途中で怪我をして名古屋でリタイアして新幹線で帰ってきました。

就活的な自己PR

私は在学中にボノボワークスという映像制作団体を設立し、実務を伴う制作を行いました。
実際に社会と関わり合う制作の中で、仕事の受注や人件費、契約書、再編集、ロケ地アポ不足での撮り直しなどといった幾多のトラブルを経験し、そのそれぞれでビジネス的思考でクリエイティブを発揮する難しさを痛感しました。
しかしそれらの困難を乗り越えたことで、結果的に自分たちの成果物がテレビ局のゴールデン番組のEDという大型タイアップに抜擢されたことは、私の中での大きな成功体験の一つとなりました。
その成功体験から、私は得意先に好印象を持たれること、顧客の意向と自分のチームのやりたいことの共通点を見つけることが得意であるのだと実感しました。同時に、常にクライアントの意思を考え、それに沿った提案やアイディアをチーム・クライアント双方と共有しつつ、同時にチームの力が最大限に発揮できる制作の指揮を取れることが私の強みです。

http://bonoboworks.net/